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UNITY!の活動は1999年、AVACO小川清司記念・視聴覚教育奨励賞を受賞いたしました。

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『UNITY! 〜CYBERSPACE CHRISTIANS

プロダクションノーツ: プロデュース編 #1

written by うしマ〜ク!(=Peter宮崎 道:アルバム音楽プロデューサー)

 

 

【新しい賛美を探るMorrow氏の旅】

 日本最大のパソコン通信ネットワーク“NIFTY-Serve”内に設置されたキリスト教会系のフォーラム「ハレルヤ・ハレルヤ(FLORD)」(以下、FLORD)に私=うしマ〜ク!(Peter宮崎道)が初めて参加したのは1996年1月末のことでした。何も分からないまま飛び込んだ私を優しく迎えて下さったのは伊藤康宏氏、P&J氏、たいぢ(増田泰司・牧師)氏、LIKELUKE(吉原博克)氏、CHAKA(武市 歩)さん、GISMO氏など、多くの方々でした。その2カ月後にMorrow(前田 実)氏が参加し、私はその時点で氏を迎える立場となっていました。氏とは同じMacintoshユーザーということもあってか、親交を深めるようになっていきました。

 

 私はFLORDに参加する前年に、日本聖公会の新しい聖歌として認定され、『古今聖歌集増補版'95』に収録された「こころのとびらをひらくと」(《うしマ〜ク!版》:作詞:小柳貴子/作曲:うしマ〜ク!)を作っており、その辺りから色々と話をする内、その歌詞だけを見たP&J氏が自分なりに「こころのとびらをひらくと《P&J版》」を作曲、そのメロディーに対して私が独自にハーモナイズしてデモ・レコーディングをし、その後にオーケストレーションしStandard MIDI Fileフォーマットでデータ化した、いわゆる“MIDIデータ”を作成して1997年2月、FLORDの“ライブラリー”に登録しました。この一件は'93年2月の「賛美 暖かいね」(作:JOYFUL&塩田若蘭/登録No.1)、'94年12月の「MEZAME」(作:石田聖実&JOYFUL/登録No.140)に続く、FLORD内で作られて公開された賛美の歌として、多くのメンバーに知られる事となります。(「心の扉を開くと(P&J版)」=登録No.207)

 

 Morrow氏は1996年4月27日に名古屋で行われたオフ会(オフライン・ミーティング。メンバーの自主的な会合)に参加した折り、東京から出向いていったP&J氏と初めて出会い、そこで氏の作品の数々を耳にしました。その中には「こころのとびらをひらくと《P&J版》」や「賛美の声がする」などがあり、特に“民謡調の賛美の歌”というコンセプトで作られた「賛美の声がする」に、氏は大変なショックと大きな喜びを見いだしました。氏の言葉を借りれば“これは正に宴会でも歌えるではないか。そうだ、こんな賛美があって良いんだ。主はどこにでもおられるのだから。等身大の言葉で作られる賛美とは何て素晴らしいのだろう!”。氏は密かに、そういった賛美の歌を収集しようと思い立ちました。

 


【「UNITY!」製作開始前夜物語】

 このCDの企画立案は1996年9月7日、名古屋で行われた“うしマークさん歓迎オフ”の日の真夜中、Morrow氏と岩奥 彰氏、私の三名での会談の中で産まれます。その時点で私は既に、個人的に色々なFLORDのメンバーらと互いに話し合い、互いの作品などを交換して聞き合ってきました。そして当時札幌にいらしたCHAKAさんと意気投合、全く自発的にクリスマス・ソング「ノエル・ノエル 〜サイバースペースのクリスマスキャロルを作ったばかりだったのです。互いに面識がないまま電子メール(以下、mail)で対話を進め、互いのイメージを固め、譜面をFAXで送受信するという過程で作り出したものです。私にしてみれば未だかつて経験したことのない方法で行ったこの作業により、“サイバースペースでの音楽製作の可能性”をその時点で薄っすらと見いだしていました。それ故、このCDの企画を立てる際、それが可能であるか否かは“自分にやらせれば十分可能である”と自信を持って言えました。そしてその日、「UNITY!」の製作企画、プロダクト・コードネーム「MCDプロジェクト」がスタートしたのです。ゼネラル・プロデューサーにMorrow氏、音楽プロデューサーに私=うしマ〜ク!が当たることがそこで決まりました。

 


【MCDデモテープ・第1弾の配布】

 1996年10月、この企画が徐々にスタートするにあたり、まず音楽プロデューサーとして私は企画の実現性について何か示すべきだと考えました。何故なら製作に関わるスタッフは私を含め全員が単なるFLORDメンバーであり、CD製作などやったこともなかったからです。たまたま音楽の業界に最も近い場所に居る私が、スタッフに対して“FLORDメンバーの作曲 or 演奏によるデモテープ”を製作し配る事は、CDを作るという上にあってそのまだ見ぬ「音楽」というつかみ所のない代物を「何となく近しいもの」にするための策でした。スタッフの皆に“自分はこういうモノ出来上がるかもしれないCD製作に関わっているんだな”と少しでも感じて頂ければと思って、その時手元にあった全てのFLORDメンバーのテープやMIDIデータなどを集め、それら全てを1本のカセットテープに編集しました。このデモテープ第1弾はうしマークのハレハレ・ミュージシャン全集Vol.1」といういい加減なタイトルで配布しました。

 

 「うしマークのハレハレ・ミュージシャン全集Vol.1」に収録した楽曲の中で、“MIDIデータもの”はFLORDのデータライブラリーにアップロード(FLORDメンバーが作成したものをライブラリーに保管すること)されているものをダウンロード(自分のもとに引き出すこと)したり、会議室で知り合ったFLORDメンバーとデータ交換したりした時のものを私の「Peter宮崎道スタジオ」(当時は豊島区・池袋にあった自分の部屋兼仕事場)の機材を動員して演奏させて録音しました。FLORDメンバーの演奏テープは全てカセットテープだったので、“マスタリング”という最終音質補正の過程を経て収録しました。この時点ではこのCD製作にあたってカセットテープも使用をすることはOKだと考えていました。カセットテープに自分のグループ等の音を収録して送ってきても、スタジオでのマスタリング作業で驚くほどのクォリティ・アップを見込めると踏んでいたからです。しかしそれは後に崩されることになります。

 

 このデモテープはミルトス(谷井浩一)氏製作によるアメリカのプレイズソングをアレンジ/演奏したMIDIデータを私のスタジオ機材で録音した作品、LIKELUKE氏の製作したMIDIデータに私がピアノを被せた“バーチャル・セッション”作品、他にもパンくず(喜多京司)氏、CHAKAさん、P&J氏の作品や私の作品などを入れたもので、このテープを聞いたメンバーの多くが、普段はフォーラムの会議室内で楽しくお喋りしている各氏の、クリスチャニティーと音楽的才能に溢れるもうひとつの姿に大変感銘を受けてくれたようで、評判は上場でした。更にこれは大勢の方々の“不法コピー”(?!)により、全国のFLORDメンバーに配られました。それに乗じて興味を持って頂いたメンバーに、楽曲を提供してくれるよう広くお願いもしました。この時点では楽曲自体が全く揃わず、又、そのクォリティに関しても大変なバラつきがあったため、プロジェクト自体としては“はじめの一歩”さえも踏み出していない状態でした。

 

 ですがFLORDの会議室での話し合いの中、システム・オペレーター=YOKE(薬師寺洋之)氏は“FLORD公認プロジェクト”として進めていくようにと勧め、氏は早速そのための「FLORDパブリッシャーズ」という、FLORD公認プロジェクト専用の新しい会議室を設置しました。そして私達スタッフはその中で連日、CDコンセプト会議や売り込みのための企画書作りなどで、熱い論議を繰り返していきました。

  


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